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安楽死・・・さがら療法

さがら療法を支えて頂いている方から「安楽死」についての質問がありました。
  「安楽死をどう思いますか?」
この質問は米国オレゴン州に住む29歳の女性が、予告して「安楽死」をしたことを指しています。

私の小中学生時代の仲間に身体障害1級の人「・・君」がいます。
この「・・君」は自衛隊に勤務して、結婚し福岡県内に自宅を持ちました。
子供2人が2歳・3歳の時に北海道へ転勤になり、単身北海道へ行きました。

ある時隊内で行われた同僚の送別会に参加しました。
酒の酔いもあり少しふらつきトイレで倒れ頭を強打しました。
その後首から下は不随になり、飯塚市内の脊損センターにヘリコプターで運ばれてきました。

治療のお蔭で命だけは取り留めましたが、リハビリを重ねても体が動きません。
やむを得ず身体障害者の療護施設に入所しました。
頭も自由に動かず首から下は動きませんので、終始オムツが必要になりました。

ある時見舞いに行くと「苦しいので殺してくれ!」と懇願してきました。
幼少期・少年期は悪の見本みたいな私だったので、そんな私であれば殺してくれると思ったのでしょう?
「おいバカなことを言うなよ」と一喝しましたが、気持ちは察していました。

「・・君」曰く
頭にくる施設職員がいる、彼女とはどうも気が合わない。
施設長も見て見ぬふりをしている・・・と言うのです。

夏場の暑い時期だったのですが、1人部屋の窓を開け放しています。
夕方になると西から太陽の光がまぶしく差し込みます。
額から汗が流れ落ち目に入りますが、自分の意志では体が自由に動きません。

ブ〜〜ン ブ〜〜ンと、蚊もやって来ます。
言葉と目・耳は健常なので、顔に近づいてくる蚊は分かるのです。
ブ〜〜ンと蚊が近づき、顔に刺しても止めようがないのです。

首から下はマヒしているので「かゆく」ないのですが、顔だけはマヒしていません。
蚊が来る、顔に来る、鼻に来る、ほほに来る・・・。
したたり落ちる汗を我慢し、今度は蚊の襲来で「かゆみ」との戦いです。

そんなことを毎日繰り返していると、死にたくなるのです。
将来に渡って改善する望みは「0:ゼロ」です。
幼い子供の顔を見たくても、自宅には戻れません。
身動きできな身は、奥さんに対しても焼き餅が膨らみます。
  そんな男が「殺してくれ」と頼むのです。

殺してくれと言う言葉に、
同情する私と、嘘だと見抜く私がいたのです。

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不登校から始まり30年前後、心の苦痛で苦しんだ兄がいました。
今思えば(本当は)家族のほうが苦しんだかも知れません。
その兄は亡くなる前の7〜8年は、医者から出される薬を飲まず家族共々平穏でした。

その兄が何かの拍子に倒れ、頭を壁にぶっつけました。
連絡が入って病室に行くとグッスリ眠っているようでした。

その後数日経った頃、年上の兄弟から「家族会議」をしたいと連絡が入りました。
話しの内容は医者から「延命治療をどうするか家族で決めてくれ」というものでした。
こんな場面では親兄弟と言えども本心はなかなか言えません。

それでも答を出さねばなりません。
こういう時に答を言う役回りは、何時しか私になっていました。
私「何年も苦しんできたので・・・もういいやろう、もう楽になっていいやろう」。
  それで決まり。
兄弟揃って、「お前が医者に伝えてこい!」

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私は9人兄弟の末っ子で五男、だから?五郎というのです。
筑豊という土地に生まれ、幼い頃(5歳)からの悪ガキです。
手に負えない私は、ある時期、長崎の島へ「島流し」にあいました。

転校で長崎と筑豊を何度も行き来しました。
大家族で育ったので、長崎の生活は、兄弟ケンカもできず厳しいものでした。

兄弟ケンカをする相手がいませんので、いつしかケンカ相手を外へ求めました。
刺され傷や斬られ傷が体に7カ所。
反対に深傷を負わせた相手も7人。

そんな私でしたが支えてくれる方に恵まれ、心の研究を続けてこられました。
親との縁が余りなかったので、年老いた母親の世話を15年程していました。
精神障害者の福祉施設を設立して間がない頃、遠方にいた私に連絡が入りました。

電報で言うなら「ハハキトク スグモドレ」の電話でした。
急ぎ母の入院先の病院に行くと、家族がみんな集まり治療を見守っていました。
我が子2人の「うつ病」で苦しんだ母。
91歳になるやせ細った母は、ベットでグッタリしています。

その時慌てだした医者は、心臓への電気ショックを施しました。
母の体はエビのように曲がって飛び跳ね、見ておれません。

お医者さんがもう一度、電気ショックを与えようとしました。
周りは年上の兄弟やその連れ合いがいたのですが、もう次の治療は見ておれません。
医者の動きを止め、治療を止めに入りました。

お医者さんは電気ショックを続けたかったようですが、止めてしまいました。
その後母は、私の腕の中で息を引き取りました。
親と縁が薄かった私が、自分の腕の中で、親を見とれる「幸運に恵まれた」一瞬でした。

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こんな話、子供や孫に伝える必要もなく、黙って墓場まで持って行くべきだったかも分かりません。

「安楽死をどう思うか?」、答えに窮します。
安楽死を望む場合、「心身」の苦痛があるかと思います。
「身体」がガンに犯され見込みがないときでも、最後の血の一滴まで生き抜いて欲しいと思います。
明日にも治療薬が出てくるかも知れません。

心が犯されて健康になる見込みがないとき。
 直ぐに痴呆症になる。
 直ぐに脳内の混乱がおき、正常に考える事ができなくなる。
私だったら・・・安楽死を選ぶかも知れません。

なぜなら「心は私です」から、
私(心:思考)が亡くなるのであれば、私(心)が生きている間に、体の死(安楽死)を望むかも知れません。

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死生観は個々の人生で支えられた感情の働きで決まり、
俗に天国や地獄、極楽浄土、西方浄土などは死後の世界ではなく、生きている今の自分の心にあると思っています。
考え方次第で天国を味わい、地獄を味わうのではないでしょうか。
要は、「自分のことであっても明日の事はわからない」が、答えになりそうです。
posted by: sagaraki | - | 12:37 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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